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社長のコラム 今月のヒント
令和08年04月号
一生を終えてのちに残るのは
最近、三浦綾子さんの小説を夢中で読んでいる。「続氷点」に「一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである」という言葉が出てきます。お金がたまれば車を買い、家を買い、果てしないコレクション魂が人間の悲しい性(さが)ではないかと。
7年前に鬼籍にはいった父の苦労を重ねた人生は何だったのか。かわいそうに思す。いずれ身内や友人もこの世から消え、両親が人々の記憶からも消えていくことが。
あの言葉を思い出します。手元に「集めた」ものは、自らの死とともに消えてなくなるでしょう。でも、「与えた」ものはそうではないと考えるようになりました。 両親から受け取った有形無形の施しを、自らの肥やしにするだけでなく、たすきリレーのように次の世代に伝えていく。これこそ、自分が生を受けた意味なのかもしれない。
自分のしがない人生は、何百万年と続く人類の営みのほんの一瞬です。残したいものは何なのか。考えてながら人生と向き合っている日々です。